顔面神経麻痺患者に対する鍼灸治療前後の麻痺側・非麻痺側のサーモグラフィの変化|第99回日本生理学会|学会発表|大阪市天王寺区のまり鍼灸院

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学会発表

2023年08月31日

顔面神経麻痺患者に対する鍼灸治療前後の麻痺側・非麻痺側のサーモグラフィの変化

第99回日本生理学会にて「顔面神経麻痺患者に対する鍼灸治療前後の麻痺側・非麻痺側のサーモグラフィの変化」のテーマで講演いたしました。

背景 -末梢性顔面神経麻痺 完全脱神経型に対する鍼灸治療について-

末梢性顔面神経麻痺の原因の中で頻度が高いのは、ベル麻痺とラムゼイハント症候群です。ベル麻痺は不完全治癒率20%といわれ、予後良好です。一方、ラムゼイハント症候群の不完全治癒率は約60%です。
これら不完全治癒群は後遺症が出現するとされ、患者のQOLを顕著に低下させます。
当院では、これまで後遺症に対する鍼灸治療の症例を集積し、鍼灸治療によって完全脱神経型の14名中7名(50%)が完治したことを日本顔面神経学会誌に報告しています(日本顔面神経学会のコンセンサスステートメントによる完治基準に到達)。

今回は顔面神経麻痺に対する鍼灸治療の効果をサーモグラフィを用いて検討しました

目的

顔面神経麻痺の麻痺症状・後遺症に対する鍼灸治療の効果機序を調べるため、1回の鍼灸治療の前後の「顔面の皮膚温度」を麻痺側・非麻痺側ともサーモグラフィで測定し、顔面の皮膚温度の変化を検討しました。

測定方法

対象者

当院で治療中の顔面神経麻痺患者7名(23~48歳、平均年齢36.6歳)。麻痺の原因は、ベル麻痺、ラムゼイハント症候群3名、小脳出血1名、平均罹病期間は4.3年でした。

調査期間

2021年3月1日~2021年3月30日

皮膚表面温度の測定

顔面神経麻痺患者7名に対し皮膚表面温度を測定しました。サーモグラフィ検査にはThermo FLEX50を用い、顔面部を撮像しました。測定は、日本サーモロジー学会ガイドラインに可能な限り準拠しました。

撮影部位

顔面正面と両側面

関心領域

前額部と頬部の2点に分け、各々の部位で平均温度を測定しました。前額部と頬部において、治療前の麻痺側・非麻痺側、治療後の麻痺側・非麻痺側の平均温度を測定し、比較しました。

治療方法

鍼灸治療は、東洋医学に基づく本治法と標治法で行いました。

本治法
随証療法により全身の体質調整を行い、血流を改善しました。
標治法
局所治療のほか、顔面から離れた手や足などの遠隔部の経穴にも置鍼しました(遠道刺)。
また、顔面神経麻痺による左右のアンバランスを整えるために、症状の出ていない非麻痺側を含む顔面の経穴10カ所に置鍼しました(巨刺)。2カ所に八分灸を施しました。
分析

前額部と頬部に分けて評価しました。

  1. 麻痺側:治療前後を比較(Wilcoxonの符号付き順位検定)
  2. 非麻痺側:治療前後を比較(Wilcoxonの符号付き順位検定)
  3. 治療前の麻痺側と非麻痺側を比較(Mann-WhitneyのU検定)
  4. 治療後の麻痺側と非麻痺側を比較(Mann-WhitneyのU検定)
  5. 治療前後で各々の平均温度を比較
    • 各検定で統計量(P)を求め、有意水準は5%としました。
    • effect size calculatorを用いて効果量を算出しました。
    • 臨床的有意性の目安は、0.1≦小、0.4≦中、0.6≦大としました。(Reed JF et al,1981)
結果
関心領域の麻痺側・非麻痺側別の鍼灸治療前後の皮膚温変化
麻痺側 非麻痺側
治療前⇛治療後 t値 P値 d 治療前⇛治療後 t値 P値 d
前額部 33.5(1.4)⇛34.1(0.6) 1.11 0.31 0.55 33.4(1.2)⇛34.0(0.5) 1.22 0.27 0.65
頬部 31.9(2.3)⇛33.7(1.0) 2.04 0.09 1.01 32.1(2.0)⇛33.5(1.1) 1.78 0.13 0.87

表記:平均(標準偏差)、有意水準:5%、効果量(d):0.1≦小、0.4≦中、0.6≦大

関心領域の治療前後別の麻痺側と非麻痺側の皮膚温変化
治療前 治療後
麻痺側vs非麻痺側 t値 P値 d 麻痺側vs非麻痺側 t値 P値 d
前額部 33.5(1.4) vs 33.4(1.2) 0.23 0.824 0.08 34.1(0.6) vs 34.0(0.5) 0.63 0.54 0.18
頬部 31.9(2.3) vs 32.1(2.0) 0.2 0.844 0.09 33.7(1.0) vs 33.5(1.1) 0.32 0.76 0.19

表記:平均(標準偏差)、有意水準:5%、効果量(d):0.1≦小、0.4≦中、0.6≦大

  • 症例1 24歳女性(ハント症候群:右麻痺)初診時柳原法10点
    治療前と比べると、治療後は顔全体の皮膚温度が上昇しました。
  • 症例2 32歳女性(ベル麻痺:左麻痺)初診時柳原法16点
    治療前と比べると、治療後は顔全体の皮膚温度が上昇しました。
結果①
前額部と頬部の治療前後の皮膚温度に有意差はみられませんでした
結果②
治療後の各部の平均皮膚温度は、非麻痺側に比べて「麻痺側」の方が高くなりました。
結果③
「麻痺側」の頬部皮膚表面温度(平均値)は治療後に上昇し、麻痺側と非麻痺側の温度差が縮小しました。
→ 麻痺側は治療前31.9℃だったのが治療後は33.7℃へと上昇傾向がみられました(p=0.09)
考察1

本研究のサーモグラフィ測定結果に加え、川喜田健司、矢野忠による論文『鍼灸臨床最新科学-メカニズムとエビデンス』でも、鍼灸治療の作用機序は、鍼刺激で神経血流が増大することによって神経障害が修復することだと考えられます。

考察2

Inoue M、Kitakoji H、Yano Tらによる論文では、ラットを用いた実験で、障害された坐骨神経の走行部への鍼刺激が神経の血流を改善すると報告しています。よって、顔面神経の走行部や顔面神経支配の表情筋に鍼刺激を与えることで、当該神経の血流に影響した可能性が示唆されました。

考察3

森戸麻美、菅原正秋らによる論文『後遺症を有する末梢性顔面神経麻痺に対する低周波鍼通電療法の1症例』でも、鍼灸治療により柳原法得点の上昇と後遺症の改善、ならびにサーモグラフィによる麻痺側と健側との平均温度差が減少し、微少循環障害の改善にも寄与することが示唆されているとありました。

今回の調査による治療後の頬部平均温度の差は、非麻痺側より麻痺側の方が大きくなり、森戸らの症例と同じ傾向がみられました。分析では有意差はありませんでしたが、麻痺側・非麻痺側ともに鍼灸治療による効果量は中~大でした。鍼灸の臨床的効果が伺えるとともに、微少循環の改善に寄与することが示唆されました。

まとめ1

本研究では、麻痺側の神経血流の低下を想定し、皮膚温度は麻痺側で低く、鍼灸治療で上昇すると仮説を立てていました。しかし、対象者はサーモグラフィによる測定以前に既に鍼灸治療を開始していたため、皮膚表面温度に左右差はみられませんでした。また、治療後は麻痺側の方が皮膚表面温度が高かったものの、効果量は小さいものでした。

まとめ2

本研究では、本治法による全身調整治療と、標治法による遠隔治療および巨刺とよばれる麻痺側とは反対側への治療を行いました。非麻痺側にも治療することで顔面部全体の皮膚温度の上昇に繋がり、部位差や左右差を検出するには至りませんでした。有意差もみられませんでした。