2026年06月09日
専門的に知りたい方へ|顔面神経麻痺ガイドライン2023年版まとめ
発刊にあたって
- 2011年版『手引』ではBell麻痺とHunt症語群に絞っていたが、今回は鍼治療がガイドラインにて推奨されたことに加えた。
顔面神経麻痺というキーワードを検索すると、鍼灸院によるサイトが多数ヒットする。
このことを踏まえ、2022年により認定制度では鍼灸師も「顔面神経麻痺リハビリテーション指導士」の資格の対象となっている。本書では鍼治療の具体的内容を加えられた。
- 顔面神経の治療法として鍼治療のページが設けられた。CQ、Systematic review、投票合意率、エビデンス評価等の記載がある。
- 2023年版では、鍼灸について次のような Clinical Questions が設定された:
- Q1:鍼灸は「急性期(麻痺の早期回復)」に効果があるか?
- A1:弱い推奨、合意率100%。
- Q2:鍼灸は「慢性期(後遺症の症状軽減)」に効果があるか?
- A2:弱い推奨、合意率100%。
どちらも “弱く推奨する” と評価されている、これは 2011年版では推奨されなかったものが、2023年版で初めて推奨方向に変わった重要な変更点である。
エビデンスの確実性(強さ)は4段階に分けられる。
| 高 |
++++ |
真の効果が効果推定値に近いという確信がある。 |
| 中 |
+++- |
効果推定値に対し、中等度の確信がある。真の効果が効果推定値に近いと考えられるが、大幅に異なる可能性もある。 |
| 低 |
++-- |
効果推定値に対する確信には限界がある。真の効果は効果推定値とは大きく異なるかもしれない。 |
| 非常に低い |
+--- |
効果推定値に対しほとんど確信がもてない。真の効果は、効果推定値とは大きく異なるものと考えられる。 |
*引用「顔面神経麻痺診療ガイドライン2023年版」 表I-2 p4
推奨度と推奨の意味
|
【強く推奨する】
介入による望ましい効果(利益)が望ましくない効果(害,負担,コスト)を上回る,または下回る確信が強い。 |
【弱く推奨する/条件付きで推奨する】
介入による望ましい効果(利益)が望ましくない効果(害,負担,コスト)を上回る,または下回る確信が弱い。 |
| 患者にとって |
その状況下にあるほぼ全員が,推奨される行動を希望し,希望しない人がごくわずかである。 |
その状況下にある人の多くが提案される行動を希望するが,希望しない人も多い。 |
| 臨床家にとって |
ほぼ全員が推奨される行動を受け入れるべきである。患者の価値観と意向に添った意思決定を支援するために,あえて形式の整った支援活動を用意することまでは不要だろう。 |
各患者の価値観と意向によって選択が異なるため,個人の価値観と意向に一致した決断を下すための決断支援ツールが有効であると考えられる。臨床家は,患者の意思決定に向けて作業する際は,患者と十分な時間をとらなければならない。 |
*引用「顔面神経麻痺診療ガイドライン2023年版」 表I-3 p5
C-Q 4-2 末梢性顔面神経麻痺(Bell麻痺、Hunts症候群、外傷性麻痺)にはり治療は有効か?
| 推奨 |
推奨の強さ |
エビデンスの 確実性 |
1)顔面神経麻痺(Bell麻痺、Hunt症候群、外傷性麻痺)患者へ顔面神経麻痺治癒のため、急性期に鍼治療を行うことを弱く推奨する。 [投票合意率:100.0%(14/14)] |
弱い |
+--- |
2)後遺症が出現した慢性期の顔面神経麻痺(Bell麻痺、Hunt症候群、外傷性麻痺)患者に対し、鍼治療を行うことを弱く推奨する。 [投票合意率:100.0%(14/14)] |
弱い |
++-- |
*引用「顔面神経麻痺診療ガイドライン2023年版」 p109
2023年版ガイドラインに鍼治療の推奨された背景
- 末梢性顔面神経麻痺は、鍼灸臨床で治療されることが多く、比較的効果が期待されている。
- 『顔面神経麻痺診療の手引き2011年版』では、鍼灸の有効性は科学的に十分証明されていないとされている。
- また、海外の診療ガイドラインでも、ベネフィットの観点から鍼治療は推奨されていない。
- 一方で、2000年以降は関連論文が増加しており、鍼灸のエビデンスについて再検討が必要とされている。
①コストや資源、促進阻害要因
- 日本の鍼灸治療は基本的に自費診療で、麻痺の治療では週1〜2回行うことが多い。
- 治療は回復期から慢性期まで、数か月〜数年続く場合があり、費用の負担が大きくなることがある。
- 顔面麻痺の鍼治療は、麻痺の自然回復を早めるよりも、病的共同運動や拘縮の予防・軽減を主な目的として行われる。
- 麻痺に伴う首や肩のこり、頭痛などの症状にも鍼治療が用いられることが多く、標準的な医療と併用される患者も多い。
- 鍼灸師は、専門医と連携しながらリハビリの知識やセルフケア指導を行うことが重要。
- 顔面神経麻痺に対する鍼灸師の技量や専門性を確認するには、日本顔面神経学会の「顔面神経麻痺リハビリテーション指導士」の資格の有無をチェックすると安心。
②ワーキンググループ会議
- 信頼性の高いレビューはある
- ただし、解析に必要なデータが不足している
- そのため、十分な統合分析(メタアナリシス)は未実施
- 今後は、鍼灸治療の質の高い基礎・臨床研究の蓄積が期待される
③SR6-1 末梢性顔面神経麻痺に対して鍼治療は、鍼治療を行わない場合に比べ、治癒率を向上させるか?
結果のまとめ:
- これまで、ベル麻痺を対象にしたシステマティックレビュー(SR)が複数報告されている。1) 2)3)4)
- 既存のSRでは、組み入れられた論文が異なっており、結果の再現性は十分ではない領域である。
- 中国語で発表された論文の多くは短く、研究の質や評価方法が不明確で、効果が過大に報告されている可能性がある。
- 中国で行われ英語で発表された2件の研究は質が高く、評価も慎重に行われている。5)6)
- 英語で報告された研究では、鍼治療の効果は統計的に大きく示されていないが、一定の改善は期待できる。
- 国内でも準ランダム化比較試験の途中経過が1件報告され、有効性が示唆されている。
- 後遺症のある患者を対象にした韓国・トルコの研究では、質の高い研究が行われており、こわばりやつっぱり感の軽減が期待される。8)9)
- ただし、対象人数が少ないため、効果の確実性はまだ十分ではない。
1)ベル麻痺の鍼治療
Chen N, Zhou M, He L, et al. Acupuncture for Bell’s palsy. Cochrane Database Syst Rev. 2010 ; 2010(8) : CD002914.
2)ベル麻痺に対する鍼治療:体系的レビューとメタ分析
Kim JI, Lee MS, Choi TY, et al. Acupuncture for Bell’s palsy : a systematic review and meta-analysis. Chin J Inte-gr Med. 2012 ; 18 (1) : 48-55.
3)ベル麻痺に対する鍼治療の有効性:ランダム化比較試験の体系的レビューおよびメタアナリシス
Li P, Qiu T, Qin C. Efficacy of Acupuncture for Bell’s Palsy : A Systematic Review and Meta-Analysis of Random-ized Controlled Trials. PLoS One. 2015 ; 10(5) : e0121880.
4)末梢神経障害治療のための鍼治療:系統的レビューとメタアナリシス
Dimitrova A, Murchison C, Oken B. Acupuncture for the Treatment of Peripheral Neuropathy : A Systematic Re-view and Meta-Analysis. J Altern Complement Med. 2017; 23 (3) : 164-79.
5)特発性末梢顔面麻痺治療における鍼治療およびステロイドの有効性に関する前向きランダム化比較研究
Tong FM, Chow SK, Chan PY, et al. A prospective randomised controlled study on efficacies of acupuncture and steroid in treatment of idiopathic peripheral facial paralysis. Acupunct Med 2009 ; 27 : 169-73.
6)ベル麻痺の臨床鍼治療に関する多中心ランダム化比較研究
Liang F, Li Y, Yu S, et.al. A multicentral randomized control study on clinical acupuncture treatment of Bell’s pal-sy. J Tradit Chin Med. 2006; 26(1):3-7.
7)岡村由美子,新井寧子,荒牧元,他.置針を併用した顔面神経麻痺の初期治療–続報–.
Facial N Res Jpn. 2000 ; 20 : 123-5.
8)ベル麻痺の後遺症治療における鍼治療の有効性
Öksüz
CE, Kalaycıoğlu A, Uzun Ö, et al. The Efficacy of Acupuncture in the Treatment of Bell’s Palsy Sequelae. J Acupunct Meridian Stud. 2019 ; 12(4) :122-30.
9)ベル麻痺の後遺症に対する鍼治療:ランダム化比較試験
Kwon HJ, Choi JY, Lee MS, et al. Acupuncture for the sequelae of Bell’s palsy : a randomized controlled trial. Tri-als. 2015 ; 16 : 246.
―まとめ-
- 顔面神経麻痺に対する鍼治療の報告は増えている
- しかし、予後の評価や治療の注意点について鍼灸師間で共通理解が十分でない部分がある
- そのため、「顔面神経麻痺リハビリテーション指導士」の資格を有する鍼灸院の受診が望ましい
- 現在、麻痺の予後不良例に対して、回復過程で後遺症をできるだけ軽減することが重要
- 鍼治療の目標は、後遺症の予防と患者さんの生活の質(QOL)向上させることとなる
- ガイドラインに基づいた適切な診察・施術・セルフケア指導を行い、 専門医との連携も重要となっている
- 鍼灸師の専門性は、日本顔面神経学会認定の「顔面神経麻痺リハビリテーション指導士」の資格で確認できる
鍼治療の現状
①鍼治療の目的と治療法
- 顔面神経麻痺の鍼治療は、表情筋の血流改善、神経回復促進、後遺症のこわばり(拘縮)軽減が目的とする
- 治療部位は表情筋(大・小頬骨筋、上唇挙筋、笑筋、口角下制筋など)や顔面神経近傍(下関穴)で、細い鍼を数ミリ置鍼して施術する
- また、首肩のこりや頭痛など、不定愁訴に対する施術も行う
- 顔面筋には低周波鍼通電療法を用いることがあり、強い筋収縮は避け、血流促進や筋緩和を目的とする
- 後遺症がある場合は、鍼治療後の揉捏法や伸張マッサージを併用して、より拘縮の軽減が期待できる1-4)
- 鍼治療の目的は、表情筋の拘縮軽減、血流促進と治療後にセルフケアをしやすくすること
- その他に、つっぱりや痛みの軽減、首肩の不快感の改善
- 治療直後は、顔が軽くなりリラックスした感覚を得られることを重視している
②評価について
- 末梢性顔面神経麻痺は、重さによって回復のしやすさが異なるため、重症度の判定が重要
- 麻痺の時期(発症からの経過)と重症度を考えて鍼治療を行う
- 評価方法
-
- 柳原法(40点法):顔の動きを点数で評価
- Sunnybrook Facial Grading System(FGS):顔の動きのバランスを評価
- Facial Clinimetric Evaluation Scale(FaCE Scale):生活の質(QOL)を評価
予後が比較的良い場合(発症2〜3週間で10点以上)
- 経過:比較的回復しやすい
- 治療頻度:最初は週1〜2回の治療、良くなれば通院間隔を少しずつあける
- リハビリケア:自宅でのセルフケアも同時に行う
予後が悪い場合(発症2〜3週間で10点以下)
- 経過:回復に時間がかかる可能性あり
- 治療頻度:こわばり・つっぱり感を軽くする目的で週1回、良くなれば通院間隔を少しずつあける
- リハビリケア:
- 急性期(発症3ヶ月まで)
目的:病的共同運動や顔面拘縮といった代表的な後遺症を予防・軽減し、開眼や笑顔の獲得、さらに口唇機能の改善を図ることである。
リハビリ:温熱療法、筋伸張マッサージ・ストレッチ、上眼瞼挙筋を用いた開眼運動、日常生活指導
- 回復期(発症から3~12ヵ月)
目的:病的共同運動や顔面拘縮の予防・改善
リハビリ:上眼瞼挙筋を用いた開眼運動、バイオフィードバック療法、筋伸張マッサージ・ストレッチ、日常生活指導
- 生活期(発症から12ヵ月以降)
目的:完成した後遺症の軽減
リハビリ:筋伸張マッサージ・ストレッチ、バイオフィードバック療法、日常生活での工夫や注意点を指導する
- ★普段の生活で気を付けること
-
- 顔を冷やさず温めましょう(温かいタオルなど)
- 外出する際はメガネ、マスクやスカーフにて外気を直接、顔にあたらないように注意してください
- 冷房や扇風機の風が直接、顔にあたらないように
- お風呂に入った際に湯船の中でマッサージをしましょう
- 食事やうがいの際に水がこぼれたりするため、麻痺側でない反対側にて食べられるよう工夫しましょう
- 大きく動かす表情運動は勧めません。むしろ肩こり体操のような首や肩の筋緊張を緩めるようなストレッチ体操を行いましょう(顔面部の血流がよくなります)
*引用「顔面神経麻痺診療ガイドライン2023年版」 治療中に必ず説明して実行してもらう日常生活の注意点
③麻痺患者のQOL向上に寄与する鍼治療の可能性
- 末梢性顔面神経麻痺の慢性期では、顔の動きの回復だけではない
- こわばり感・鈍さ・痛み・顔の疲労感などが軽くなると、生活の質(QOL)が改善することが報告されている 5)6)
- 発症初期は「顔が動かしにくいこと」がQOL低下の主な原因
- 回復が進むと、
- 病的共同運動(意図しない動き)
- 拘縮(筋肉のかたさ)が起こり、顔の違和感や感覚の異常につながってQOLを大きく下げる
- これらの顔の感覚(こわばり・痛み・疲労感)は、薬物療法などの治療法では改善しにくい
- 鍼治療では、
- 顔の動きだけでなく
- こわばり・痛み・疲労感などの感覚面も改善したという報告がある 7)
- 鍼治療により期待される効果
- 拘縮や病的共同運動の軽減
- 肩こりや頭痛などの不調の改善
- セルフケアがしやすい状態づくり
- これらを通して、生活の質(QOL)の向上が期待される
④最後に
- 末梢性顔面神経麻痺の鍼治療は、自然に回復する力があるため、回復促進よりも後遺症(病的共同運動・拘縮)の予防・軽減が主な目的
- 後遺症には強い筋収縮が関与するため、発症初期からの強い筋収縮は避けるべき
- 後遺症の評価にSunnybrook法、FaCE Scaleが用いられる
- 症例報告レベルでは、病的共同運動、こわばりなどの後遺症は鍼灸で軽減が期待される可能性がある
- 今後の重要点は、医療機関と連携して後遺症の程度を把握、病期に応じたセルフケア指導を行う
- 鍼灸の役割は、後遺症の予防・軽減にどこまで貢献できるかを示すことが重要
1)粕谷大智.後遺症が認められる麻痺患者に対する鍼治療.現代鍼灸学.2001;1: 41-5.
2)新井千枝子.末梢性顔面神経麻痺とその後遺症に対する鍼灸治療.現代鍼灸学.2011;1:109-14.
3)岡村由美子,西田泰子,田中伸明,他.病的共同運動に対する針治療.Prog
Med.1996;16:2234-6.
4)柏谷大智.現代医学的な病態把握に基づいた京大式鍼治療の実際25末梢性顔面神経麻痺に対する鍼治療(その2)後遺症に対するアプローチ.医道の日本.2010;69:194-201.
5)立花慶太,大沼秀美江,松代直樹.顔面神経麻痺患者のQOL帰結に関わる因子の検討—Facial Clinimetric Evaluation Scaleを用いて—.Facial N Res Jpn.2012;32:143-5.
6)立花慶太,佐藤崇,松代直樹.顔面神経麻痺患者の満足度に関わる因子の検討.Facial N Res Jpn.2013;33:163-5.
7)柏谷大智,近藤健一,萩野亜希子.顔面神経麻痺患者に対するQOLを指標とした鍼治療の効果—FaCE scaleを用いて—.Facial N Res Jpn.2017;37:153-5.