陳旧性顔面神経麻痺に対する鍼灸治療の効果 -発症1年以上が経過した5症例の検討-(概要)|日本顔面神経学会学術雑誌|専門誌・学会論文|大阪市天王寺区のまり鍼灸院

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専門誌・学会論文

2023年06月16日

陳旧性顔面神経麻痺に対する鍼灸治療の効果 -発症1年以上が経過した5症例の検討-(概要)

まり鍼灸院院長 中村真理の論文を一部引用して、一般の方にもわかりやすく書き換えています。

Ⅰ.緒言

顔面神経麻痺は、発症から1年を経過すると、さらなる神経再生は期待できないとされています。
また、不完全治癒例においてみられる後遺症はほとんど改善することがなく、生涯にわたって持続するといっても過言ではありません。
顔面神経麻痺の評価up-to-dateでは、リハビリテーション介入の影響もあり、後遺症の固定には1年もしくは1年6ヵ月が必要との考えが多数を占め、「顔面神経麻痺の治癒判定は発症後1年以降」とのコンセンサスが得られています。
今回、一開業鍼灸院において、鍼灸初診時に麻痺発症後1年以上経過していた陳旧性顔面神経麻痺の患者を過去起点で調査し、鍼灸治療の効果や満足度を検討しました。

Ⅱ.対象

2009年7月~2021年6月に顔面神経麻痺を主訴として来院した患者のうち、以下の条件に当てはまる5名(平均年齢は45.2±19.5歳、男性1名、女性4名)としました。

  • 麻痺発症後1年以上3年未満かつ麻痺症状がある方
  • 鍼灸治療を10回以上受けた方(最終は最大35回)

麻痺発症後、鍼灸治療開始までの日数は635.2±210.5日でした。<表1>に5症例の基本データを示しました。

<表1>

Ⅲ.方法

評価法
(1)柳原法
  • 表情筋の麻痺の程度を得点化し、治療5回ごとに調査しました。
  • 鍼灸治療の初診から5回ごとに、個別に合計点数の経時的変化を観察しました。
  • 初診と最終(最大35回)を、合計点の中央値にて比較検討しました。
(2)Facial Clinimetric Evaluation Scale(以下 FaCE Scale)
  • 月1回計6回、1~4の4件法で患者に評価してもらいました。
  • 初回と最終(最大35回)の変化を顔面運動・顔面感覚・食事摂取・目の感覚・涙液分泌・社会活動・合計別に比較しました。
(3)Sunnybrook Facial Grading System(以下 FGS)
  • 顔面神経麻痺による後遺症を測る尺度で、初診と最終(最大35回)の変化を比較しました。
(4)Numerical Rating Scale(以下NRS)
  • 顔面拘縮、顔面痙攣、ワニの涙の自覚症状の程度の評価で用いました。
  • 0~10の11段階(悩みが強いほど数値が高くなる)で症状を評価してもらいました。
  • 初診と最終(最大35回)の変化を比較しました。
(5)満足度
  • 麻痺症状に対する鍼灸治療の満足度は10点法を用い、今回は7点以上を満足としました。(点数が高いほど評価が良い)
鍼灸治療
  • 全身の血流を良くする目的で個々の体質に合った経穴に施しました。
  • 顔面部麻痺症状の改善を目的とした手背や足背の経穴、また脳の血流改善の目的で後頚部の経穴にそれぞれ置鍼しました。

Ⅳ.結果

(1)柳原法

柳原法点数の経時的変化は、表情筋の機能が鍼灸治療開始後10~15回ですべての対象者に
改善が見られました<図1>。鍼灸治療を継続している対象者は15回以降も改善はみられました。
柳原法合計点数の、初回と最終の中央値はそれぞれ、24点と34点でした<図2>。

<図1>柳原法点数の経時的変化

<図2>柳原法点数の初回と最終比較

(2)FaCE Scale

患者Aは顔面運動以外の項目で改善が見られ、患者Bは顔面運動、顔面感覚の項目で改善が
見られました。患者Cは目の感覚を除いた項目で改善が見られました<表2>。

<表2>FaCE Scaleの初回治療と最終治療の項目別得点の変化

(3)FGS

初診と最終とを比べて安静時対称性、随意運動の対称性、病的共同運動と複合スコアの全ての項目で改善しました。複合スコアの中央値は初回44から最終78.5で、すべての対象者に改善がみられました<表3>。

<表3> FGSの初回治療と最終治療との変化

(4)NRS

顔面拘縮、顔面痙攣、ワニの涙の評価では、いずれも同スコアであった1名を除いて改善がみられました。特に、ワニの涙が最終で、対象人数4名中3名が0となりました<表4>。

<表4>顔面拘縮・顔面痙攣・ワニの涙の初回治療と最終治療(最終は最大35回)との比較

(5)満足度

麻痺症状に対する鍼灸治療の満足度は、10点法で対象者5名全員が7点以上の満足でした。
そのうち2名は10点でした。

Ⅴ.考察

結果より、

  • 柳原法合計点、FGS、FaCE Scale、顔面拘縮・顔面痙攣・ワニの涙の自覚症状に改善がみられました。
    鍼灸治療の満足度は高く、FaCE ScaleからもADLの向上がみられました。
  • 完治は困難でも、スコアが改善してFaCE Scaleが向上し日常生活の苦痛が軽減したことが、高い満足度につながったと考えます。
  • 発症後1年以上を経過した麻痺症状はほとんど改善することがなく、麻痺が高度でかつ後遺症の改善を希望する症例には、形成的手術 やボツリヌス毒素の皮下注射、神経ブロックなどの治療が必要になるとされていますが、今回の結果から、陳旧性顔面神経麻痺であっても先ずは鍼灸治療を試行する価値があることが示唆されました。
  • 発症1年以上でも回復は期待できることが示唆されました。今回は症例数が少ないため、複数症例報告にとどまりましたが、今後更に症例を増やし検討していきたいと考えます。
  • 麻痺症状を呈している場合、全身の血流を良くする目的で、個々の体質に合った経穴に施す本治としての全身治療と、顔面部麻痺症状に対する共通配穴と頭顔面部の局所治療を合わせることが重要だと考えます。

Ⅵ.まとめ

  • 陳旧性顔面神経麻痺の症状は、ほとんど改善することがないとされています。今回、陳旧性顔面神経麻痺患者5名に鍼灸治療を行い、柳原法合計点数、FGS、FaCE Scaleと、顔面拘縮・顔面痙攣・ワニの涙の自覚症状において改善がみられました。
  • 満足度も対象者100%が満足を示す7点以上でした。現在の麻痺症状が鍼灸治療により改善し、日常生活における苦痛と将来に対する不安感を軽減することが示唆されました。
  • 今回は一開業鍼灸院の複数症例ですが、陳旧性顔面神経麻痺症状に対する鍼灸治療が、患者の選択肢の1つになり得ることが示唆されました。今後は症例を増やしてさらに検討していきたいです。